北米先住民から入植者へ。
そして何世紀にもわたって受け継がれてきた、カナディアンメープルシロップ

マナブッシュとノコミスの伝説

メープルシロップの歴史

北米先住民が伝える伝説では、メープルシロップを初めて採取したのは伝説上の英雄マナブッシュの祖母、大地の母、ノコミスだと伝えられています。

カエデ(メープル)の樹から採取してきた樹液がとても甘く、おいしいことに気づいたマナブッシュは、祖母に言いました。

「おばあさん、樹木からこんなに簡単に砂糖が採れるなんてことを知ったら、きっと人間は怠慢になるでしょう。人は働くべきです。木を切り、一晩中火の番をしながら煮詰めるという労働をしなければ、この極上のシロップを手にすることができないようにすべきです。」しかし祖母ノコミスは彼の言葉を無視してしまいます。人々が働かなくなることをおそれたマナブッシュは、水がいっぱいに入ったバケツを持ってカエデの木のてっぺんに登り、木の中に水を注ぎ込んでしまいました。こうして、カエデの木から採れる甘い樹液は薄められ、長い時間煮詰めなければ人間はおいしいシロップを手にいれることができなくなってしまったのです。

フランス人入植者に伝えられた北米先住民の知恵

白人が入植するずっと以前から、北米では先住民がカエデから採取した樹液を煮詰めてメープルシロップを作っていました。彼らはこのシロップが栄養価に優れ、エネルギー源になることを知っていたのです。

春先になると先住民は斧で樹皮に切り込みを入れて採取口をつけ、木片を固定して樹液が伝わって容器に溜まるように工夫を凝らしていました。

入植が始まると、先住民はフランス人入植者に樹液を採取し煮詰めて甘いシロップを作る方法を教えました。これはすぐに入植者の間に広まり、17、18世紀にはメープルシロップは開拓という厳しい労働に従事していた彼らの大切なエネルギー源となったのでした。当時、樹液を煮込むために使われていたのは鉄製の鍋でした。そして森の中に簡単な小屋を建て、そこで“砂糖づくり”に励んだのです。

19世紀になると馬も活用するようになりましたが、カエデの樹木の採取口までは、雪の上をカンジキのようなはきものをはいて歩き回り、十分な量の樹液を採取すると、砂糖小屋「シュガーハウス」に運び、煮詰める作業を行いました。

メープルシロップの歴史

 

メープルシロップの歴史

 

20世紀のメープルシロップ生産

20世紀のメープルシロップ生産

20世紀に入ると、徐々に近代化が図られていきます。木製のバケツはアルミ製に変わり、シュガーハウス内でも現代の設備の原型となる装置が用いられ始めました。しかし樹液を集めるために、人々は相変わらずカンジキをはき、重いバケツを持って木々の間を歩き回らなければなりませんでした。

 

20世紀後半になると、木々の間にパイプをはりめぐらせて樹液をシュガーハウスまで輸送する設備が整い、生産者は重いバケツを持って歩き回る重労働から解放されました。また、煮詰める作業に使われる機械類にもさらなる近代化が進められ、現代のメープルシロップ生産システムが確立されたのです。

 

メープルシロップを青いパイプで採取
メープルシロップ生産システム